「失敗から学びましょう」と聞いて、驚く人はいないでしょう。
どこかで一度は聞いたり見たりしたフレーズだと思います。
では次の数字を見て、どう思われるでしょうか。
<航空業界の事故率の例>
2013年の民間飛行機の飛行実績:3640万機
民間機を利用した人の数:約30億人
事故により死亡した人の数:210人
死亡事故率にすると 0.000007%
※年末ジャンボ宝くじで一等の7億円に当選する確率 0.000005%
(総販売枚数4億6000千万枚、1等23枚)
<医療業界の医療過誤における事故率の例>
2013年のJournal of Patient Safety(患者安全ジャーナル)の調査論文によれば
回避可能であったと判断される医療過誤による死亡者数:年間40万人以上
※医療過誤:誤診、投薬ミス、手術部位取違え、輸血ミス、術後合併症など
1日1000件以上の死亡事故、回避が可能であったと思われる合併症が1日1万件が発生
この数字の差はどこから来ているのか?
その謎を解く鍵は、失敗に対するアプローチにあります。
失敗に対するアプローチについて、成功を収めている人や組織には共通点があると著者は言います。
失敗を生かし、失敗から学んで成長することは、「究極のパフォーマンス」を引き出すことにつながります。それは仕事や組織だけでなく、個人の日常生活においても同様です。
今回ご紹介する本は、そんな「失敗への向き合い方」を教えてくれる本です。
本の要約
失敗から学習できる組織、学習できない組織の差はどこから来るのか。航空業界、医療業界、スポーツ業界、新興宗教など多種多様な視点から実際の数字、事実を元にしながら、
・人間が失敗から学んで進化を遂げるメカニズム
・想像力を発揮して革命を起こすメカニズム
について解き明かしていく
著者:マシュー・サイド
英国誌「タイムズ」のコラムニスト、ライター。オックスフォード大学哲学政治経済学部を首席で卒業、元卓球選手、イギリス代表として過去に2回オリンピックに出場している
失敗は厄災か?機会か?
失敗から学ぶ組織と学べない組織の決定的な違いは、失敗の捉え方にあります。
失敗から学べない組織は、失敗を厄災と捉え、非難される対象となってしまう傾向があります。これに対し、失敗から学ぶ組織は、失敗を成長の機会ととらえ、失敗の情報は成功のためのデータの山として扱います。
この捉え方の差が、失敗から学ぶ機会の差を生んでいます。
冒頭で航空業界の事故率の数字をあげましたが、奇跡的な安全率と言われる航空業界の数字の裏には、事故が発生した時の事故発生経緯についての日常的なデータを収集、蓄積して業界全体で共有し、再発を防止するための取り組みにふんだんに生かされているという事実がありました。
医療業界では、これまで事故が起こった経緯について、日常的にデータを収集するということがなかったことが、事故率の差を生んでいました。
失敗から学ぶことを妨げるもの
医療業界において、失敗は「許されざるもの」として認知されることが多いようです。このことが医療ミスが発生した時の正確な情報収集を阻害する元になってしまていると著者は指摘しています。失敗すると、それは非難の対象となってしまうため、失敗をした当事者にとって脅威と映るのです。
本書の冒頭では医療業界の実例からスタートしていますが、趣旨は医療業界を非難するものではありません。その業界に根ざす文化や考え方がどのように業界全体に影響を与えているのかを知るわかりやすい例として、医療の事例を挙げています。失敗はもちろん航空業界にも日常的に発生しています。差が生まれるのは、その捉え方です。
医療だけでなく、政治、科学、宗教、いろいろな場面で実例を挙げた分析が行われています。
著者は、失敗から学べなくしてしまう要因には内的要因と外的要因の2つに分けられると分析しています。
内的要因:認知的不協和
認知的不協和とはなんでしょうか。
これは元ミネソタ大学研究員だったフェスティンガー氏が提唱した概念で、次のように解説されています。
自分の信念と事実とが矛盾している状態、あるいはその矛盾によって生じる不快感やストレス状態を指す。
本書より引用
人は自分が正しいと思っていることと反する事実が出てきた時に、自分が間違っていたのではないか、というストレスを感じます。問題が大きかったり、その影響が深刻な場合はそのストレスが特に大きくなります。これはすべての人に共通します。
重要なのはそのあとの行動です。
1つは、自分が間違っていたという事実を認めること。
でも、これが難しいのです。多くの人は、自分が間違っていると認めるのが怖いからです。
そして出てくるのが二つ目。
事実の解釈を曲げる、ということ。
自分の都合のいいように事実の解釈を曲げて自分を正当化しようとします。
失敗を認めることができず、解釈を変えて「自分は間違っていなかった!」と正当化することで、失敗から学ぶ機会を自ら閉じてしまうのです。
それだけ聞けば、「そんなことは子供じみている」と感じるでしょうか?
実際には、組織や業界で権威があるとされている人、立場のある人ほど「事実を曲げて解釈し、失敗を認めようとしない」傾向があるという結果が出ています。
かつて天動説が当たり前とされ、それが聖書の内容にも当てはまると信じられていた時代がありました。それは神の作った事実だと信じられていたのです。そんな中でイタリアの科学者ガリレオ・ガリレイは、自らの検証したデータを元に地動説を唱えます。
まだ「実験によって検証する」ということが当たり前ではなかった時代、ガリレイは権威者がいうことを盲目的に信じるのではなく、実験の結果で自分の考えが間違っていないことを検証したのです。
そして、そのことを伝えるためにガリレイは皆に「証拠がある、この望遠鏡を覗いてくれ」と必死に解きました。
しかし、誰もガリレイのいう内容を見ようとせず信じないばかりか、権力者の弾圧によって異端審問にかけられ、有罪とされてしまうのです。これも、認知的不協和によって事実を見ることができなくなってしまった、その時代の権力者の過ちでした。
事実を見ようとせず、「自分が信じたいもの、自分にとって都合の良いもの」だけを見ようするのは、自分の信念が間違っていたと認めることが怖いからです。
事実を唱える人を有罪にまで追い込んでしまうのですから、時代を支配する思想とは恐ろしいものです。
そして認知的不協和の最も恐ろしいところは、「自分が認知的不協和に陥ってしまっている」ということを自分で気づくことが大変難しい、という点にあります。
自分自身のこれまでを振り返った時、そんなことが1つもなかったと、断言できる人が果たしてどれぐらいいるでしょうか。
外的要因:非難というプレッシャー
これについては想像しやすいのではないかと思います。
失敗が非難の対象となってしまう風土において、失敗したことを裁かれる立場の人にとっては失敗は脅威でしかありません。
失敗を見せしめのように取り上げ、厳しく罰する体制の下では、失敗は減らないばかりか失敗したことの報告が正しく上がってこなくなり、改善の機会を喪失させ、結果的に同じ失敗が繰り返されます。
裁かれる人にとっては、裁く側の人をどれだけ信頼できるかが重要です。相手を信頼できる環境の下で初めて、人はオープンになることができます。
失敗から学ぶための要素
失敗から学ぶことができるようになるためには、システムと人の両方の視点から考える必要があると著者は言っています。
システムから考える
システムとしては次のような内容が重要です。
・失敗があった時、失敗の経緯の情報を業界全体で共有するしくみ
・失敗したことを非難させないしくみ
・失敗を隠すことを罰するしくみ
・有意義なフィードバックを得るしくみ
失敗したことを非難させないしくみとして、航空業界では事故の調査結果を民事訴訟で証拠として採用することが法律で禁じられている、というのが驚きでした。
これがなかったら、多くの人の命を同時に扱う航空業界では失敗したことを一切公開できなくなってしまいそうです。
この法律によって積極的にありのままを伝えやすくする環境を作ることに成功しています。またパイロットにもニアミスがあった時の報告書を10日以内に提出すれば処罰されない、という規則もあるようです。
有意義なフィードバックとは、失敗や間違いがあったときにその情報が警告信号として正しく入ってくる状態のことをさします。
間違ったのかどうか、目指すところに対してどれぐらい乖離があったのか、これらの情報がなければ間違ったことすら気づかず学ぶこともできなくなってしまいます。
本書の例えでは、「暗闇でのゴルフ練習」がありましたが、確かに真っ暗な中でゴルフの練習をどれだけたくさんやっても、上手くなることはないというのがよくわかります。
人で考える
人に求められるのは、正しい思考傾向(マインドセット)です。
知性も才能も努力によって伸ばすことができる、という成長型のマインドセットを持つことが必要であると著者は言います。
失敗を経験して学ぶことで成長することができる、そう考えて初めて、正しく失敗に向き合えることができるようになります。
その反対は、知性も才能も持って生まれたのであり、努力によって伸ばすことはできないという思考傾向です。これを固定型のマインドセットと言います。
さて、自分はどちらだと言えますか?
上の説明だけ聞いたら、固定型のマインドセットを持っている人は非常に頭の固い人であるという印象を受けたのではないかと思います。
しかし、実際はどうでしょう。
何か困難な課題に直面したとき、「自分にはセンスがないから」や、「自分には向いてないから」と言ってしまっていませんか。
これは固定型マインドセットの内容を言い換えているだけで、本質は同じと思います。
人の感情とは複雑なものです。純度100%の固定型マインドセットの人はほとんどいないのではないかなと思います。でも、場面場面によって固定型に陥ってしまっていることに、自分で気づくことが大切なのではないでしょうか。
成長を加速させる実践的手法
上述した「成長の要素」を備えた上で、さらに成長を加速させるための重要な考え方、実践法について紹介されていました。
リーン・スタートアップ
簡単にいうと、小さく初めて小さく失敗する、ということです。最初から完璧を目指そうとせず、まずは評価したいことについて最低限の条件を備えた状態で実行し、その結果からのフィードバックを得て改善を繰り返します。
そのことが結果的には成長の速度を速め、大きく失敗することによるダメージを回避することにもつながります。
マージナル・ゲイン
小さい改善の積み上げで大きな成果を得る、という考え方のことです。大きなゴールだけをみて動くのではなく、大きなゴールを小さく分解して、その1つ1つを改善して積み上げていく手法です。
F1のマクラーレンは、この手法で世界一のチームとなりました。
例えばピットでタイヤを交換する作業。タイヤを取り付けるナットを締め付けるための工具には8つのセンサーがつけられていて、工具をナットに当てる角度、締め込む時間、いつ工具をナットから離したか、ナットを締め付けてタイヤを取り付ける作業のあらゆる要素を分析するため、膨大なデータを収集して改善をしています。F1レースのマシンには、なんと1万6000ものデータ収集チャンネルが搭載されており、そのデータを組み合わせて5万チャンネルのデータを分析できると言います。驚異的な数字です。
また、アメリカのホットドッグ早食い選手権で驚異的な結果を出してセンセーショナルに優勝した日本人挑戦者、小林尊(たける)さんが勝つために取り組んだ内容もマージナルゲインそのものでした。
12分間でホットドッグを誰が一番多く食べることができるか、というシンプルな選手権。当時の早食い記録は12分で25.125本。ものすごい数ですが、それまではこれが人間の限界と思われていました。小林さんが打ち出した記録はなんと50本。ほとんど限界と思われていた量の2倍です。
アメリカ人の大柄な挑戦者と比べて圧倒的に小柄で細かった小林さんが、なぜ驚異的な記録と共に優勝できたのか?非常に興味深い取り組みでした。
失敗から学び続けるために
本書から得られる知識は、会社などの組織だけでなく、一人一人の生活の中でも生かすことができる要素がふんだんにあると感じました。
個人でも組織でも、失敗を正しく捉えて、正しく向き合えば成長することができますが、失敗から逃げてしまえば何も学ぶことができません。
日本では、失敗することはリスク、失敗しないためにどうするか、という思考法が根強くあるようです。
しかし、それは結果的には成長を妨げてしまうことになると、本書を読んだ今は確信することができます。
世界的に大きな成果を上げている人は、失敗を「してもいい」ではなく、「欠かせない」と考えています。
一発逆転のような大勝負では失敗は脅威となり得ますが、そんな大勝負を仕掛けるのでなく、小さく失敗して学ぶ(リーン・スタートアップ)、それを早く何回も繰り返す(マージナル・ゲイン)ことを心がける、
それだけで成長のスピードは変わるし、何よりも新しいことに挑戦することに対して前向きな気持ちで取り組むことができそうです。
人は一生、学びながら成長をしていく生き物です。
成長するための失敗の考え方がたくさん詰まった本書、
ぜひチェックしてみてください。
以上です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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